風光る
2010-05-16


風光る。

現実には風が光ることはないけれども、春の喜びの感覚に満ち溢れたこの季語が僕は好きだ。「山笑う」、「風薫る」とともに、秀でて美しい比喩の言葉だと思う。

芽吹きから新緑の頃、陽光を浴びた樹々が風を受けてきらきらとまたたく様子は、まさに風光るという言葉そのものである。実際には夏だって木の葉はきらきらと光っている。だけれども、殺風景だった冬が去り、太陽光を反射する木の葉が日に日に増していく春にこそ、僕たちは光というものの存在を強く感じるのだろう。

「風が光る」と僕たちに感じさせる樹々のきらめきが何によるものか、ということが気にかかったので、犬の散歩の途中、とある広葉樹の様子を観察してみた。私は樹木の種類には疎いので、確かなことはわからないけれど、丸みをおびたハート形の葉から、この樹はたぶんカツラではないかと思う。

さて、この樹を観察していると、まず、美しい新緑の葉っぱの一葉一葉がぷるぷるとこまかく振動していることがわかる。風の強弱によってゆれの強さは変化するけれども、それぞれの葉の振動の周波数は3〜5Hz程度でほぼ一定のように思える。まるで自分の意思があるかのように震えたり止まったりする葉の動きは、なんだか愛嬌があって微笑ましい。葉は、片側が細い軸で枝に固定された片持ち梁の構造となっている。葉の動きは、この軸に対する回転方向の変形と、軸や葉自体がたわむ変形などが組み合わさったものだろう。葉が風を受けると、葉や軸は変形する。ある程度変形すると、葉に当たる空気の流れが変わり、軸の復元力が勝つようになるため、葉はもとの位置にもどろうとする。この機械的な動きの繰り返しが葉の振動になっていて、振動の周波数は、葉のサイズ、形状、硬さ、軸の弾性などによると考えられる。なにはともあれ、この振動によって反射光の方向をこまかい時間間隔で振っていることが、風を光らせている原因のひとつであることは確かだろう。

葉は、一本の細い枝から複数出ているが、その細い枝も比較的早い周期で揺れている。枝の長さにもよるけれども1Hzくらいに感じる。これもまた、風を光らせている要因のひとつだろう。そしてこれらの枝がつぎつぎとつながり、太く長い枝へとつながる。数mくらいの枝になると、その動きは長周期でゆったりとしたものになる。もちろん、これによって光の反射の方向も振られるのだが、遠くから見ていると、その動きは、湧き上がる雲のようでもあり、もはや風光るという感じではない。

こんないい加減な観察の結果からではあるが、だいたい数十センチメートルくらいの短い枝から先の部分の揺れと葉の振動のハーモニーが、風を光らせているというのが私の印象である。実際に、森が輝く様子をビデオで撮影し、その画像に含まれる時間周波数を分析したりすれば、もっとはっきりとしたことがわかるかもしれない。

もっとも、風が光ると感じるのはあくまでも感覚的なこと。そんなことには理屈など介入させず、まったりと春の恵みを楽しんでいればそれで充分なのだ。

   風光るワイングラスを褒めるため
[光]

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